2006年02月05日

北米紀行11

トロントからアメリカへ(’03年10月12日(日))


 旅もついに後半に突入である。Kさんとも今日トロント空港でお別れである。ここからは、一人旅である。

 朝、バスサービスのバスでトロント空港まで行く。午後ゆっくり目のフライトであるが、出国手続きがあるので、早めにいきたい。と思っていたが、当初10時30分だった予定が11時になる。Kさんができるだけ早くいってくれと運ちゃんに言っている。運ちゃんは1時間で行ったことがあると自慢していた。が、途中どこかの新興住宅街で高校生のような若い男の子を拾う。お父さんとお母さんらしき人が玄関まで見送っているが当の本人は素っ気ない感じでバスに乗り込む。「ハァーィ」とか言うのかなと思ったが、無口な感じで日本人とよく似た雰囲気である。このあたりの感覚がアメリカとカナダとの気質の違いだろうか。

 その後バスは、猛スピードでハイウェイをダッシュする。もっともおんぼろバスなので、せいぜい120kmくらいであるが。とにかく12時20分に空港に着く。フライトは15時10分なので、まだ余裕だろう。と思いきや、そこはユナイティッドのターミナル。自分はUSエアなのでターミナルが違う。ここでKさんとあわただしく別れて、シャトルバスでUSエアのターミナルにいく。このバスの運ちゃんは若い女性であるが、ちゃんと目当てのターミナルに行けるかどうかの方が気になって、詳しく観察はできなかった。残念。でもバスに乗れただけましだろう。会社のH君が以前ロスでターミナルを間違え、1kmくらいスーツケースもって走ったとか。無事めあてのターミナルに到着。

 いよいよ、チェックインと税関だ。人も少なくチェックインはスムースにいく。チェックインカウンターでアメリカのイミグレーションフォームを渡されると、金属感知器もない係員の通路のようなカウンターのそばを、荷物を持ったまま通って中に入る。と税関らしきところがある。並んで待っているときに整理員の女性の人に、日本語を話す人は居ないかと訊くと、突然「いち、にー、さん」と日本語で数を数えだした。それどころか意味不明の日本語の単語をしゃべっている。自分の訊き方が間違っていて、「あなたは日本語が話せるか」と言ったのだろうか。困惑した表情でみていると、「ジョーク、ジョーク」と言われて、日本語のできる人はいないとあっさり言われてしまった。
 順番が来て、係りの人のところにいく。なかなかアメリカ風のナイスガイといった感じの兄ちゃんだ。税関だから訊かれることは、金品の持ち出し関係かと、ガイドブックの項目を頭の中で復習していると、いきなり「イミグレーションフォームを出せ」と言われる。何でカナダの税関でアメリカの書類を見せなければならないのだろうか、いくらテロの後でも越権行為ではないかと思っていると、中身にまで質問が来た。「ピッツバーグに観光?」「一人でか?」とか、いかにも不審人物を見る目でこちらを見る。
 次に「行程表と日本に帰るチケットを見せろ」と行ってきた。ここまで言われて初めて、ひょっとするとここはアメリカの入国審査かなと思い始める。そういえばアメリカとカナダは、非常に近い関係なので、カナダ側にアメリカの入国審査を行うというのをどこかで読んだような気もしてきた。こんなのだったらもう少し心の準備をしておくのだった。アメリカの審査は昨日のナイアガラでも経験したが、どこか陰湿で厳しい感じがする。「英語の行程表なんか持ってないわい」的な雰囲気を心で示しながら、現実は最低限のたどたどしい英語で言う。本当はこんなこともあろうかと思って持ってきていたが、少しだけ意地悪をしてやりたかった。代わりに、ピッツバーグからロス、サンフランシスコ、バンクーバー、関空と全部のチケットを見せる。それでもなにやらいぶかしげな顔をしながらもやっと通してもらう。
 隅の方でチケットを鞄にしまっている間も、次の人も呼ばずにこちらをずっと見たままだ。アメリカンナイスガイにそんな陰険な目つきは似合わないぞ。途中の無口な高校生の方がよっぽどましだぞ。と、言い返してやった、つもりになろうとしたが、よけい腹がたってきた。次に荷物を載せるベルトコンベアがあってその前に黒人の中年女性がいる。荷物の係りかと思いきや、ここが税関。その人に先ほどのイミグレーションフォームを渡して、荷物を自分でベルトコンベアに乗せて、おしまい。カナダの空港内ではあるが、やはりここは、手続き上からはもうアメリカ国内の様である。

 でも、その後出発ロビーで、コーヒーとサンドイッチを買ったが、CA$で支払った。アメリカなのか、カナダなのか、微妙な感じだ。
 出発ゲート付近のロビーに行くと人がたくさんいたので離れたところで休む。でも、放送があれば聞き逃せないのでやはりゲート付近に行き、席が空くのを待って座る。放送があっても英語が満足に聞き取れる訳ないので気休めにすぎないが・・。と思っていると、そのうち係りの人がバッドニュースがあると言って自分の乗るフライトナンバーを言っている。よくわからないが、遅れる、フィラデルフィア、サウスキャロライナ経由のヒトはうんぬんと言っている。
 どれくらい遅れるのだろうと隣の人に身振り手振りで聞くと、3時間という。みんな一斉にカウンターに行ってフライトチェンジの手続きをしている、1時間程度ならよいが3時間はちょっときついし、みんな別の便に乗り換えてしまい、便自体が飛ばなくなったら大事だ。思い切ってカウンターに行って手続きをすることにする。でも、カウンターの中には若いあんちゃん一人、誰か手助けがないとうまくいかないだろうと列の後ろに美しい女性がいる。話しかけると一瞬怪訝そうな顔をされたが、いろいろと話してくれた。ラッキー、いざとなったらこの人に手助けを頼もうと決める。
 係りの順番が回ってきたときに、たぶん難しい話なので筆談が必要と思いメモ帳とペンを用意する。案の定、判らないので、ライトイットダウンフォーミープリーズと言ったが、無視され英語でまくし立てられる。係りにメモ帳とペンを渡そうと前に突き出すと、そこに先ほどの女性が隣からそれを取り上げオプション1、オプション2と書いてくれた。先ほどの見立ては間違ってなかった。カナダの女性は親切である。ただ係りの人が、「一緒か」と聞いてきたときは、「ノウォー」と言って強調された。当たり前か。オプション1はダイレクト便で同じ時間、2はフィラデルフィア経由だというので、1で行きたいというと、ターミナルが別なので、イミグレーションを戻って行く必要があること、会社が違うのでバッゲージもどうなるか判らないと言う。そんなのは、英語もできない自分にとってはオプションにはならない。
 フィラデルフィアがどこか判らない。南部の方の都市の名前のような気がするが、そちらならバッゲージもOK、ターミナルもここと同じと言うので、2に決める。時間も19時には着くというので、許容範囲だ。ところで、自分の持っているチケットは、ノンリーファンドなので、ルート変更が利くのか不安だったが、それは大丈夫であった。  
 ゲートNoを係りの人が教えてくれたが、場所がさっぱり判らない。と思ったらすかさず隣の女性が場所への行き方を手振りで教えてくれる。「サンキュー、ベリマッチ」といって別れると「グッドラック」と返された。たぶんこれは本音だろう。よくこんなので一人旅をしていると思ったに違いない。

 言われたゲートに行って飛行機に乗り込む。デパーチャーの時間まで後5分。事実自分が乗り込むのを待ってドアが閉まってしまう。よかった、ぎりぎりセーフだ。でもこれでは、バッゲージは間に合うはずはないだろうと、次なる心配が起こる。まあそのときはそのときだ。とにかく自分の体をピッツバーグに持っていくのが先だ。最低限の着替え等の用意はしている。それより、バッゲージが着かない時のクレームのやり方をどうするか辞書で調べておく必要がある。
 でも、フィラデルフィアってどこだろう。早速機内誌で確認。なあんだ、ニューヨークのすぐそばだ、少し安心。でも、直行に比べ2倍以上の距離だ、東京から札幌に行くのに、高松経由で札幌に行く感じの距離感だ。
窓側の席で、オンタリオ湖、エリー湖の上を通っていてよく見える。ナイアガラの真上位を通過。隣は、黒人のティーンエージャー。スレンダーで、いかにも現代っ子という感じ。カモシカのような足、小さいがはち切れんばかりのお尻。うーん。と思ったが、隣に父親らしき人がいるので、理性が働く。少しでもふれようものなら、ぼこぼこにされるだろう。
 1時間半位で到着。この機体はそのままボストンに行くらしい。一旦全員降りてくれ、クルーも交代するとのこと。早速降りて、ピッツバーグ行きのゲート前に行く。少し時間があるが、ここでまた何かあるといけないのでじっと待つことにする。ホテル到着が遅くなるので、予約キープの電話をするが、交換→フロント→テープとなり、判らず失敗。クレジットのデポジットがないので、少し心配。

 少し待ってから、搭乗開始。日本の様に機械のゲートがないので、間違ったらたいへん。半券をちぎっている黒人女性にこれでよいか念押し。よいとのことなので安心して乗り込む。窓際席で、隣はまたもティーンエージャー。今度は白人の美人系。大学生の里帰りといった感じ。その隣の通路側に同じく二十歳嫌いの白人男性。なーんだアベックかと思っていたらそうではないらしい。その男は、しきりにきっかけを作っては話しかけるが女の子に相手にされない。その娘も、つど、こちらに救いを求めるような視線を送ってくる(と勝手に自分が思っているだけかも)。また、ジュースもスナックも親切に中継して手渡してくれる。白人男性はそれを不服そうに見ている。
 この2フライトともA319の新しい機体で、機内サービスもあり、自分の好きな窓際席、隣は若い女性。気に入ったぞ、USエアウェイ。
 フィラデルフィア空港の滑走路はすごく混雑している。出発用の滑走路のほかにクロスした2本の着陸用滑走路があり、ひっきりなしに降りてくる。一方など4機の降りてくるライトが見える。そのときもう一方も、2機のライトが見える。滑走路が交差しているところで10秒ほどの時間差で飛行機が通っていた。まさしくニアミスだ。自分の乗った飛行機も着陸用滑走路を横切ったが、まるで離陸開始するかのごとくエンジンを吹かして何とか渡った。離陸滑走路でも10機近く離陸待ち。10分以上待って、ようやく離陸した。離陸直後、飛行場の近くに大きな川があり、その中に、石油基地のバースが見えた。ケベックでもあったが、こちらで川の中に、結構大きなバースがあるみたいだ。

 1時間ほどでピッツバーグに着く。途中シャトル電車に乗ってターミナルに着く。フライト名を確認してバッゲージのターンテーブルのところに行く。だいぶん待ったが出てこない。隣のアメリカ人女性の2人組もずいぶん待っている様子で、そのうち「どこからのフライトで待っているのか」と聞いてきた。自分もこれからどうしたらよいかで頭がいっぱいだったので「ソーリー。英語は話せません。」と自分でもびっくりするくらい完璧な(つもりの)英語でかえしたら、向こうも「ソーリー」と言って去っていった。なにか変。
 他のテーブルを見て回ったが、やっぱり出てこないので、インフォメーションに行く。会社ごとにあって、USエアウェイのそれで、事情を説明。うまく通じるかどうか不安だったが、毎度よくあるクレームなのだろう。すんなり調べてくれた。端末でなにやらごそごそと確認すると「F」のターンテーブルにあるという。「F」は、サイズが大きいとか、何かイレギュラーな荷物のテーブルとの表示があったので、唯一見てなかったところだったが、そこに行くとちゃんと荷物があり、安心。遅れて夜中に着くとか言われたら、どうしようか悩むところだった。これで、荷物とともにホテルに行ける。タクシースタンドの案内がないので、警備の人に聞いて行く。どうやら案内はバスの絵で、つづりは忘れたが、バスともタクシーとも違う英語を書いてあった。
 タクシーは、日産のプレーリーのような感じの車。ドライバーは黒人だが愛想がよく、自分のつたない英語につきあってくれる。「英語はほとんど話せない」と言うと、「よく話せてるよ。グッド。」と今までのお世辞風とは違った感じでいわれうれしい。「ピッツバーグは3本の川に挟まれたところでこのトンネルをい抜けるとダウンタウンだよ」といわれ、抜けるとその通り、ミニマンハッタンのような夜景が飛び込む。美しい。

 無事、ホテルにチェックイン。もう9時過ぎ。会社に電話するが、今日は体育の日で休み。疲れていたので、ピザとビールをルームサービスで頼んで、部屋で食べて寝る。 疲れた!!。



 
posted by ミスタースージー at 20:49| Comment(0) | 700年遅れの西方見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

北米紀行12

企業訪問(’03年10月13日(月))


  朝八時に目が覚めるが、昨日の疲れがたまっている。今日は午前中空いているので市内観光でもしようと思っていたが、ホテルで休むことにする。一眠りして十時過ぎに遅めのブランチを食べに行く。ホテルのビュッフェで、十時半までだと言われて急いで食べる。

 部屋に戻りで休養をとった後13時前にロビーに行く。すぐにYさんが迎えに来てくれる。メールで行っていてくれた特徴どおりの人ですぐに判る。もっとも日本人はあまりいないので、全然判らなくてもすぐに見つかりはするのだが。Yさんが車を取りに行っているときに、黒人のドアボーイから、「彼はJIROか?」と聞かれた。どうして判るのかと聞くと「胸に名札をつけていた」という。ビジネスマンがホテルで名札をつけていたのがよほど珍しかったのだろう。30分ほど高速で北に向かう。Yさんの会社につくと社長以下重役が出てきてびっくり。一応日本から持ってきた手みやげを渡す。そうこうしているうち社長がプレゼンを始めてしまった。当然英語である。また、よく見ればみんな外人。日系企業なのに、日本人が出てこない。かわりに背中から汗が出てきた。

 夜は、旧駅舎のあとをモール街にした中にあるしゃれたレストランに行く。先方の副社長ブライアンと日本人責任者とYさんとの4人。対岸にピッツバーグのリトルマンハッタンの夜景を見ながらの食事。ブライアンは私のつたない英語によくつきあってくれた。また、二人の日本のかたもうまくカバーしてくれたので、会話も弾み、大変たのしいひとときを過ごすことができた。ブライアンは日本に出張があるかもしれないのでそのときは連絡すると言ってくれた。

posted by ミスタースージー at 20:52| Comment(0) | 700年遅れの西方見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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