2005年06月25日

北米紀行2

待ちに待った出発(’03年10月4日(土))


 いよいよ出発の日がきた。ここまでたどり着くまでに本当にいろいろな人に世話になった。ふつうの会社であればこんなことをしてまで海外出張にいくのは、社長などよほど偉い人のいわゆる外遊だけだろう。そう思うと、こういうチャンスをいただけることはありがたいことだし、是非仕事だけではなく、この出張でしか得られないものをもって帰りたいと、心の中ですこし意気込む。
  こういうときは、小さいころの遠足の前日のようになかなか寝付けないものだが、今回はあまりに準備に手間がかかったせいか、いざ出発を迎えると逆にもう半分以上終わったと言う感じもして、逆に昨夜もよく眠れた。
  九時に家内に高松駅まで送ってもらう。バスは一〇時五分発なので一時間以上時間がある。となりでは、ハーフの子供とその母親らしき日本人が大量の荷物とともに待っている。里帰り後の帰宅なのだろう。もう少しすると、海外赴任風の男性とかが、加わってきた。 そうこうしていると係りの人がきてバスのトランクに荷物を預けるタグをつけられた。関空で荷物を受け取るとき半券を渡すシステムだそうだ。みんな関空で降りるのだけなのに結構厳しい。関空で荷物を間違えたドジな人がいたのかもしれない。




 
 ほぼ定刻にバスが到着。六人ほどが乗り込む。自分以外はすべて見送りがあったのにはちょっとびっくり。たかがバスなのにとも思うが、異国の地に嫁いだ我が娘を見送っているのであろう涙しているおばあさん、単身赴任の夫を見おくりにきた風な妻、たぶんみんないろいろな物語があるのだろう。


 バスは丸亀始発で、二,三人がすでにバスに乗っていた。高松での乗車を加えても一〇人に届かないガラガラである。これで採算はとれるのだろうかと、心配していたら、途中志度、大内でも乗ってきたため、最終は一五人程度にはなった。でも採算的にはぎりぎりかもしれない。昨年関空から高松行きのJASに乗ったことがあるが、本当にがら空き状態で、これでは採算は取れないだろと思っていたところ案の定すぐに路線廃止になった。この上バスまで廃止になると、関空がますます不便になる。関空も搭乗客呼び込みのために、バスに補助を出してもいいのではとも思うが、関空自体にそんな余裕もないかも。でもこれで神戸沖、中部国際空港ができればどうなるのだろうか。そろそろ一県一空港運動のようなフルセット自前主義は捨てないと、システムとして死に体の空港が増えるばかりだろう。でも利権が絡むので、今後とも、各知事はなんとしても大義名分をこじつけて、建設を進める。神戸沖、静岡空港などがその典型ではないか。本当に必要と思っているのなら大馬鹿だし、利権がらみのフルセット主義なら納税者を馬鹿にしている。
 バスの中、暇なのでそんなことばかり考えているといつの間にか神戸あたりを走っている。高速もいつになくすいており、バスも快調にとばしている。途中一度一般道に下りて、湾岸に乗りなおすが、こちらはさらにすいている。騒音、公害問題から、湾岸道路への車両通行の誘導の必要性があると以前から言われているが、この様子ではぜんぜん進展していないのだろう。
 これだけすいているのだから関空にはさぞ早く着くと思いきや、なぜか、一三時四〇分オンタイムでの到着。結構長かった、背中がこわばっている。これでは国際線のフライトが思いやられる。でも、なんと往復はビジネスクラスだからそうでもないかも。しかも一番シートピッチが長いとの評判のエアカナダだから少し期待。



関空に着いて、JTBのカウンターで航空券を受け取る。国際線のチケットは読み方がよくわからない。クラスもビジネスが「C」となっていたり、エコノミーも会社によって表記のアルファベットが異なるため、日付と行き先のみチェックしかできない。あと、カナダアメリカ国内は、出張旅費低減のためにやすい切符を調達したため、払い戻し、ルート変更不可となっている切符が多い。予定外のことが発生したときには、余分な出費は覚悟しなければならないと思うと、高くてもオールビジネスクラスを張り込めばよかったと少し後悔。
一四時三〇分チェックイン。エコノミーはすでに時間前からかなりの行列。自分はビジネスなので専用カウンターでスムースにチェックイン。でも、席はすでに予約でいっぱいで、一番前の通路側しかなかった。少し残念。でも、トイレのとき隣に遠慮なく立てるのでよいかと気を取り直す。
出国審査はいたって簡単。ガラガラなので待ち時間もない。関空はこんなので大丈夫だろうかと改めて思う。
 南ウイングだか北ウイングだか忘れたが、無人の電車に乗って移動。せっかくだから、エアカナダとスターアライアンス仲間であるANAのラウンジに行って、ただでコーヒー、ジュース、お菓子をいただく。ついでにインターネット用のTELジャックがあったので、モバイルを試してみる。問題なくつながる。携帯電話もあるし、これなら海外にいても仕事ができる。どこにいても、いついかなる時でも仕事がしていたい仕事人間の僕としては一安心である。



いざ搭乗


 一六時四〇分、いよいよ飛行機に搭乗する時間がきた。ビジネスクラスなので、みんなが待っているなか優先的に搭乗することができるが、何か面はゆい。こういう場面で優越感に浸ったり偉そうに出来ないところが、根本的に自分は貧乏性だとと思ったりしながらの搭乗である。
 この便は、ANAとのコードシェア便であるが機体・運行はエアカナダ。機種はエアバスA340という大型4発機で日本には導入されていないものであり、乗り心地等に興味がわく。
座席に座るとすぐに隣に30歳前後の黒人男性がくる、こちらの方を見たので自分も日本流に目で「よろしく」との挨拶をする。密かに若い女性を期待していた自分にとっては少し残念だが、そもそもビジネスクラスに若い女性がひとりでくるわけがないので我慢である。隣の男性は席に座っても妙に落ち着かない様子。こちらから一言二言挨拶をすると、落ち着いてきた。やはり外人は、目での挨拶は通じないし、黙っていることに耐えられない感じである。トロントに帰るところだと言ったが、それ以外はよくわからなかった。まあいいか。挨拶できただけ上出来である。



 離陸前からガラスのグラスで飲み物を配られる。さすがはビジネスクラスである。びっくりしたのは、それを回収することなく離陸体制に入ってしまったことである。落ちて割れたりすることはないのであろうか。ただし、離陸時にはゆっくりとエンジンを吹かし、離陸の確度も小さめで、ゆったりとしたテイクオフである。ただ、A340の特徴か、関空の滑走路の状態からか、振動はかなり激しいものがあった。
 無事離陸成功。もう後戻りは出来ない。ふと周り見ると日本人が少ない。そういえば、先ほどからの機内アナウンスも日本語がない。英語、次にフランス語である。ANAとのコードシェア便なのにどうしてだろう。水平飛行に入ってすぐディナーの準備。メニューを渡されながらなにやら聞かれる。メインディッシュの選択のことを聞いているのだろうが、どうせメニューを見ても判らないので、とりあえず「ビーフ」とだけ答えておいた。幸いにもビーフを使った料理があったので、これはひとまずセーフ。 
 ちなみに自分の席は一番前の席で、何を聞かれるのも一番最初なので、人の振りをみてまねをすると言うことが出来ない。食前酒を聞かれたが、ワインの銘柄を聞かれるといやなので、ビールを頼む。ビールの銘柄なら少なくともアサヒ、キリン程度は判る。
 フルコースのディナーが終わり一服していると、すぐにまた中年女性アテンダントがなにやら言ってきた。朝食の選択のフォームを配っているようだ。国際線はとにかく食事、食事の連続だ。食べたところで腹が一杯だったので、おにぎりの欄にだけチェックを入れて返す。
 日本人アテンダントもいたのに、ビジネスクラスの方には来ない。カナダ人の若いアテンダントも後ろの方に行ったきり。ビジネスクラスに乗るおじさんには見ばえより、ベテランのサービスをということかも知れないが、本当はおじさんは、見ばえを好むと思うのだが、外人はそうではないのだろうか。周りを見ると、自分の他二組の日本人夫婦が座っているが、両方とも流ちょうな英語を話している。ということは、ここで文盲は自分だけということになる。これでは日本人アテンダントは期待できない。
 ビジネスクラスなるもの初めて乗ったが、とにかく広い。幅80cm、前後150cm程度はありそうで、シートも電動でほぼフラットになる。その上、各席に液晶テレビが付いており、TV、映画が見放題だし、任天堂のゲームまで出来る。しかし、余り夢中になって寝ないでいると時差ぼけがひどくなるので、そこそこにして寝る。もっとも日本語吹き替えがないので、長時間みるのはつらい。
 目隠し、耳栓、靴下、手洗いセットどのアメニティグッズも付いている。中の説明をみると25$相当と書いている。目隠し等をつかった上で、記念に持って帰ることにする。
 二時間程度は寝る。起きると、おにぎりを持ってきてくれた。まだ、腹は減っていないが、せっかくだからと食べていると、珍しく日本人アテンダントがきて、もうすこしいかがですか。オムレツも出来ますよと言ってきた。どうしようかと迷っていると、「それでは」といって、ジャンボサイズのオムレツとフルーツを皿一杯持ってきた。これからの二週間、いろいろ不安材料はあるが、食事の量の多さもその一つに加わりそうな気配を感じた一瞬であった。
 そのあとおきまりの、入国審査用のシートを手渡される。自分は来週にはアメリカに行くので、アメリカ入国用のそれももらうことにした。カナダでも貰えるはずだが、機内であれば日本語版をもらえるので、書きやすい。また、サーズの影響から、サーズの注意書きと自己診断シートを手渡される。これは、英語、フランス語、中国語、ハングル、日本語、イタリア語(?)と6カ国語で書かれている。これを手に持たずにおりたものはボーディングブリッジをおりて入国審査の手前で止められ、無理矢理手渡されていた。


posted by ミスタースージー at 20:48| Comment(0) | 700年遅れの西方見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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