2005年11月05日

北米紀行8

シンポジウム2日目(’03年10月9日(木))


 昨日は、ハウスキーピングの人がでて行ってからそのまま朝までぐっすり寝る。起きたら6時だった。まだ、外は暗いが、もう通勤ラッシュが始まっている。
 相変わらず、朝食のみK氏と地下の店に一緒に食べに行く。ここで覚えたのは、ホワイトチーズとクリームチーズ(ホァイッチー、クリッチー)の選択ほか、白パンか黒パンか(ホァラライ?)、目玉焼きは片面(サニーと言うらしい)か両面焼きかの選択を聞かれることである。
 ナンバーで頼むファストフードなのに、こんなことを追加で聞かれるとは思ってもみなかった。英語ができないものの最後の砦「ファストフード」は、昨日のチャイニーズの件とここの一件であえなく崩れ去った。あとは世界共通の”Mac”のみが頼みの綱かもしれない。


 今日はD研のN氏の発表がある。一昨日夜も発表はできるのだがその後の質問にうまく答えられるだろうかと心配していた。彼はたしか平成3年頃の東大卒らしい。そんなばりばりの人でも言葉のハンディは依然存在しているのかと思うと、日本人のハンディキャップをつくづく感じてしまう。発表を聞いたが、日本人の英語なので自分としてはネイティブの人が話すよりむしろわかりやすいくらいだが、緊張であがっているのがよくわかるし、周りの外人の人も、なにやらおもしろくなさそうな仕草をしている。一昨日から何回か話をした程度であるが、同じ日本人だからか自分のことのように心配してしまう。これがたぶん同胞意識と言うものだろう。

 N氏の発表のあとおもしろい発表もなく、退屈になり近くを散歩する。「世界の女王マリア大聖堂」にいってみることにする。


 途中ベビーカーを押した若い夫婦にフランス語でなにやら尋ねられた。シチュエーションからするとたぶんどこかに行く道を聞いているのだろうと思うが、当然わからない。なんと答えようかと迷ったが、昨日のファストフード以降、自分はチャイニーズ。「日本人なのでわからない」とは言いたくない。こんな時はどういうのだろう、ポケットには電子辞書があるが、何の役にも立たない。気持ち的には支度金のほとんどをつぎ込んだ電子辞書(ほかに若干マザーボードにメモリーに中古のノートPCにフィルムカメラのレンズとかもろもろたくさんのものを買うには買ったが・・・)。みんなへの土産をあきらめてまで買ったものなのに、ここまでオンラインではほとんど役に立っていない。
 ここはチャイニーズの意地をかけてでもかっこよく切り抜けたい。「Foreigner」と言うのだろうか、でもこの言葉はよそ者とか と言うニュアンスがあると聞いたことがある。こういうときに限って「Visitor」とかの簡単な単語がでてこない。ここまで時間にしてたぶん0.5秒はないだろうが、そろそろ焦ってきた。そんなとき、ふと20年前の英検2級のテキストのフレーズを突如思い出したのである。人間のリアルタイム能力はリアルタイム電力系統シミュレーターよりすばらしい。
そう「Stranger」だ。ストレンジャー、何と言ういい響きだろう。お姉さん役の赤レンジャーがリードしていたあの無敵のゴレンジャーよりすばらしい。まるでビリージョエルの唄うニューヨーク5番街の響きだ。
 「Sorry,ma’am.I’m Strager here myself」といったら、向こうもSorryと言って去っていった。どうにか文盲の日本人の姿をさらけ出すことはさけられた。
 その後、マギル大学というところに行ってみた。カナダで一番ふるい英語系の大学らしいが、博物館のような歴史的な建物、緑の芝。大きな木の本で木の実をほおばっているリス。すばらしい、うらやましい限りの環境だ。ここでも気分はチャイニーズプロフェッサー。

 チャイニーズ気分の散歩も30分で切り上げ、昼食を取りにホテルに帰る。今日の昼食は本格的なもので前菜からデザートまでそろったフルコースだ。加えて、目当ては昼食時にある8月の北米大停電の特別講演だ。前から2番目くらいの良いテーブルを確保したのと、パワーポイントと言っている内容が近かったので少しは理解できた。このシンポジウムに来てわかったが、パワーポイントはレジュメもしくは導入で、話す内容は全く別という方が多い。
 話していたことは、ほとんど今までNERCなどが発表した内容であった。これは、訴訟社会のアメリカでは先走って予断を交えて話すことはできないと言うことだろう。後日ペンシルベニア州で企業訪問した折りに、北米大停電のコメントも求めたときも、それまで饒舌だった相手が急に口ごもったりしていたことからも想像できる。


 なかでも、ニューヨークの周波数の変動のグラフは初めてみたが、63Hzまで2回跳ね上がっているし、低下側でも58.4Hzまで下がっているなど、周波数の安定したアメリカでは考えられないくらいの変動だ。対するMISO側の周波数はあまり変動していない。また、ニュージャージーのどこかの変電所では電圧が50%程度に下がった後また100%に戻るなどこれも  大きな変動をしている。いずれにしても、正確な発表が望まれるところだ。でも莫大な訴訟を考えると迂闊な答えは出せず、結局あいまいに終わるのかもしれない。
 この講演で、K社のY支配人、名前は忘れたがM社からGEに移った方と一緒のテーブルになり、いろいろと話すことができた。

 北米大停電の話も聞けたので大分満足。午後からは観光に当てることにする。明日はケベックシティに行くのでモントリオールは今日中にみておく必要がある。
 今度はオールドモントリオールの方に行ってみることにする。こちらもホテルからはそう遠くはないので歩いていく。お目当ての「ノートルダム教会」に入る。ここは、マリア大聖堂と異なり、5$の入館料が要った。中に入って驚くのはみんな写真をしかもフラッシュ付きでとっている。一応係の人に聞くと、フラッシュもOKと言われて、びっくりした。やはりここは観光地である。


 しかし、壮厳な雰囲気に感じ入ってしまったのか、若い女の子が泣きじゃくっていたのが印象的であった。やはり宗教観の違いか。
 外には観光客がたくさんいる。旧市街の方が観光スポットのようだ。若い観光客の女の娘をつかまえて写真を撮ってもらう。お返しにこちらも写真を撮ってあげる。でもそれ以上は会話もできず、おしまい。
 そのあたりを一通り散策して、今度は地下鉄に乗ろうと駅に行ってみたが、すごく汚い上に、切符売り場や販売機も、さらにはルート図の掲示もない、よく見ないと駅とはわからないくらいだ。。改札も回転バーがあるだけで駅員はいない。そのそばに事務所みたいなのがあるのでそこで切符を買うのかもしれないが、、そもそもどこに行くとも決めていない状況なので、説明もできない。仕方ないので、あきらめて歩くことにする。こちらに来てからやたら歩く機会が増えている。博物館まで歩くことにした。ホテルを挟んで反対方向である。30分ほどで到着、人口の割りに大きな街ではない。人口は確か260万人、札幌、博多より少し多きなくらいだろうか。その割りにダウンタウンは小さい。ちなみにこちらで市街地をダウンタウンとは呼ばず、センタービルと呼んでいる。フランス語の影響だろうか。


 あいにく博物館は開館時間が過ぎていて入れず、外回りを鑑賞する。ホテルへの帰り道、物乞いの婆さんにであう。一瞬目が合ってしまったが。無視して通り過ぎると、少し追いかけてきて、金の入ったカンカンを上下に振ってジャラジャラ音を立てながらなにやら叫んできた。なにを言っているのか全くわからなかったが、目が合ったら少しは恵まなければならないとか、何かルールがあるのだろうかとも思う。途中繁華街の中を通る。まだ明るい時間帯であるが、ライオン通りにいるようなポン引きの兄ちゃんがよってきて、なにやら怪しいお誘い。ここは先ほどの経験を生かし目が合わないようにしながら無視。でも、すこし心残り。というのも、いろいろ準備をしてくれたM君からモントリオールには安全できれいなストリップがあったとの情報を聞いていたのだが、店の名前を忘れてしまった。まじめなアテンドK氏では、そんなところに行くことは期待できないから、一人でもチャンスがあればと思っていたからである。あとでロスでIPPの社長と話した時にも、モントリオールのストリップは、この世のものとは思えないくらいきれいだったといわれてまたまたショックを受けてしまった。M君にメールしてでも確かめるんだった。


 夜は、バンケットディナーがある6時30分からだというので少し前に会場に行く。ここまではアテンダーのMさんとはつかず離れずの行動。朝食は一緒だが、聴講するセッションも別、夕食も二人ではまだ食べていない。昼食は、同じテーブルにいるがお互い他の人と同じくらいの距離で話をしているだけ。もっともこんなところで、自分は英語ができないのでアテンドをしてもらっているというのでは、我が社の恥になるし、Kさんも会議の委員をしており、そんな方がアテンドをしているというのもプライド上言えないのか、たまたま一緒になったというスタンスで皆に通している。ある意味こちらもありがたい。

 でも今日は、長い時間のディナーなので、誰か日本人と同じテーブルにつかなければ間が持たないと思い、Kさんほか日本人が集まっているところに行く。本当はこういうときには外人と積極的に話すべきなのかもしれないが、英語がうまくできないのでどうしようもない。たとえ英語ができたとしても国際会議体の閉じた世界の中のサロンでは、やはりはなせないだろう。近くにH大のT先生という方がおられて、名刺交換する。T大におられた先生のようで系統関係では有名らしい。奥さんと来られていて、夫婦共々、外人の方からの挨拶が引きも切らない様子であった。会場のまえのロビーでワイングラス片手に、会場の悪のをみんなで待っているのだが、いっこうにあく気配がない。外人は全く気にしない様子であちこちで会話をしている。周りの日本人も遅いと思いつつも、平然を装っている感じ。自分は昼間歩きに歩いて疲れているし腹も減っており、そこにワイン4杯を飲んでしまったので、酔いが回り早く座りたい。待つこと1時間強、7時40分にやっと会場が開く。ディナーの内容も充実していた。会場入り口にスポンサーの名前を書いた看板が出ているが、司会の方は紹介もしなかった。内容からして相当出しているはずであり、紹介がないのは日本であればクレームものだろう。


 カナダに来て、バンクーバーとこちらでは、やはり料理の感じが違う。バンクーバーはアメリカっぽい大味なのに対して、ここモントリオールはフランス風でありおいしい。ここの料理であれば、食べ物が受け付けずオレンジジュースしか飲めなくなるという心配はなさそうだ。2時間かけてゆっくり食べる。デザートを食べ終わったころからオペラが始まる。どれくらいうまいのはわからないが、少なくとも場末の演劇士ではなさそうだ。観客をステージに引っ張ってのパフォーマンスも加えてなにやら物語りを構成している。雰囲気はおもしろかったが、言葉だけのジョークで周りが笑っているところは、わからず笑えない。11時前になって、やっとお開き。どっと疲れる。外人はよくもまあこんな疲れることをするもんだ。あすのケベックシティ行きに備えて、疲れた体に鞭を打って荷物をパッケージングしてから、ねる。
 出張も、今日で第1ステージ終了だ。

posted by ミスタースージー at 21:25| Comment(0) | 700年遅れの西方見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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