2005年12月10日

北米紀行9

ケベックシティへ(’03年10月10日(金))


 今日はケベックシティに行く日だ。フライトは10時発。ホテルは8時15分出発の予定。ケベックシティはケベック州の州都で歴史のある古い街で、今回の出張でも一番楽しみにしているところだ。
出発の前に、今日はシンポジウムの朝食会がある日なので、それを食べてから行くことにする。7時30分からの朝食。さすがに夕べのディナーが遅かったので、来ている人は少な目である。内容も、コンチネンタルで、パン、コーヒーと果物だけで肉、卵類はない。8時30分頃から、講演があるらしいがその前に失礼した。


 ベルボーイに預けていたバッゲージをもってタクシーでモントリオールドーバル空港ドメスティックターミナルに行く。こちらは各都市に空港が複数あるし、ターミナルも国際線、国内線、航空会社により異なるため、タクシーで頼むときはきちんと言わないといけない。実際、自分もこのあとトロントで同じアメリカ行きでも会社によりターミナルが違っていたため空港内をシャトルバスで移動したり、サンフランシスコからバンクーバーが国内線乗り場とは知らず、もう少しで間違うところだったりする事になる。

 20分程度で空港に着く。今日から、北米内の移動はエコノミークラスだ。チェックインもエグゼクティブのように英語ができなくても優遇されるということはないだろう。それに加えて混雑も心配だ。が、今日は空いていてスムースに手続きができた。ただ、順番を待っているときに若い女の娘が泣きながら列を無視して係りのところまで行って何やら言っている。どうやら自分の乗る便の時間が迫っていて焦っているらしい。係りの人は、大丈夫だという感じのことを言っていた。こちらではセキュリティチェックが厳しいため「30分前では間に合わなくて放って行かれることがあり、最低1時間前でないとダメだ」ということをサンフランシスコのタクシーの運ちゃんも言っていた。

 チェックインは、なぜか同行のKさんは別のカウンターに行って自分とは一緒に来ない。
 次に、セキュリティチェックも無事終わりと言いたいところだが、Kさんは、胸に掛けたペンダントが引っかかり、何やら係りの人に説明している。911テロ以降何があるかわからないので、お守りをいつも肌身離さず持っているとのこと。

 搭乗口前のロビーは、田舎の空港そのもので、国際線のロビーとは大違いである。旧の高松空港とそっくり。
 ケベックシティまで行く飛行機も、Dash−100とかいう30人乗り程度の小さな飛行機で、たしか6月に札幌丘珠空港から稚内に行った飛行機と同じだと思う。満席で、通路側だったのであまり外は見えなかった。
 短いフライトであるがマイケル富岡にそっくりなアテンダントが一人で、ジュース(ぷっちんプリンのような容器に入ったもので配る手間が掛からないようにできている)とパンとスナック菓子を配っていた。欧米の飛行機は移動の手段に徹していてサービスはあまりないと思っていたが、ここまで乗ったエアカナダは日本のよりもサービスがいい感じ。

 40分程度のフライトでケベックシティにつく。ここは、ケベック州の州都であるが、人口も65万人程度と小さく、空港もローカル空港ののんびりした雰囲気である。空港で係りの人に聞いてみたが、市内までのアクセスもガイドブックにあったようにタクシーしかないとのことなので、タクシーで市街地まで行く。運ちゃんによると、10月は観光客が多く、日本人もたくさん来るという。タクシーは儲かって良いのではと思ったが、混雑は嫌いだといっていた。このあたりが、日本人の気質とは違うところだと思う。
 20分くらいでヒルトンケベックホテルに着く。まだ、12時前だったがチェックインできた。ホテルは、城壁に囲まれた旧市街ではなく、州議会議事堂の隣の高台にあり、部屋からは、旧市街が一望できるナイスビューだ。カナダに来てから、バンクーバー、モントリオールと来たが、そのたびに町並み、建物等に歴史を感じて感動してきたが、ここケベックシティは格別である。さすがに世界遺産の都市である。

 小さな街なので、歩いて観光する。ホテルの近くの城門をくぐって旧市街に入る。とたんに、そこは中世ヨーロッパの様。ガイドブックにものっていないものも含めて街全体が絵はがきにある。
 ノートルダム聖堂にはいる。ここは、カメラ撮影は良いがフラッシュはダメだと書いている。カナダは、フランスの影響だろうか、ノートルダム寺院が各地にある。自分は残念ながら、雰囲気しか判らないが、それぞれに歴史があり、雰囲気や中の色調等も異なり、専門家であれば興味が尽きないのではないかと思う。
 旧市街は殆どが石畳の道であり、メインストリートらしき通りも片側1車線が精一杯である。その通りにある小さなレストランで昼食をとる。イタリアン料理の店で、結構はやっているようであるが、テーブルも小さく通路も狭く、家族で切り盛りしていて観光客相手ではなさそうな店であるが、そんなところがかえっていい雰囲気をかもし出している。
 ウェイトレスの人が勘定書を一緒にしますか、別々にしますかと聞いてきたが同行のKさんはきょとんとしている。あとでKさんに聞くとそんなことを今まで聞かれたことはないのでなにを言っているのかと思ったとのこと。一緒にしてもらった勘定書を持って再度ウェイトレスが来たときに、サービス料を加えていますといって、メニューより高い金額を書いているにもかかわらず、Kさんはチップが必要だといい張るので、チップを加えて支払うことにした。今までKさんと一緒にいて明らかに自分より格段に英語能力が高いにも関わらず、こんなにとまどったのは、やはりチップの風習はむつかしいということだろう。

 ここでは、ひたすら町中を若いミーハーの女性観光客のように歩き回る。700mほどの木製のテラスになった遊歩道をまず歩く。至る所に大道芸人がいて、それぞれ異なった芸をしている。近くによるとなにやら許可証のようなものを持っていたので、一応審査にとおったものがやっているのだろう。


 全身に金粉を塗ってひたすらじっと立っているだけのひと、ふつうにギターで弾き語りをしているもの、犬に芸をさせているものなどいろいろだ。でもよく見ると2流3流のものもいて少し興ざめだ。たとえば、犬の芸では、10引く1は、と言って、犬にワンと言わせると言った駄洒落にもならないようなもの、もっともこれはあちらでは犬の鳴き声の擬音はワンではないので斬新なのかみんな笑っていた。また明らかに先天性の障害者と思われる方がギターの弾き語りをしていて、それが完全に音痴で下手にも関わらず、同情からか、ギターケースの中はチップのコインでいっぱい。それを仲間らしきやくざ風なものが集めに来ているのをみたときには、日本の裏社会と同じようなものを見てしまった気分になり、白けてしまった。
 でもそんな興ざめはごく一部で、ここはやはり美しい街である。北米最古の商店街といわれ煉瓦作りの家が並ぶプチシャフラン通り(これなど名前からすると男二人で観光するのも気が引けるが、中世ヨーロッパの町並そのもので、ハリーポッターで主人公が魔法の指揮棒を買いに行った街のような雰囲気の街)や、そこに隣接する勝利のノートルダム教会など。

 それにしても、このあたりはやたら日本人観光客が多い。それらの団体と自分たちを同一視してほしくない気分は少しあるものの、実益をとって、彼らのそばによって日本語の観光ガイドの説明を聞く。
 その後、1759年の英仏戦争の激戦地であるアブラハム広場に行く。広大な芝生広場である。そこは少し高台になっていてセントローレンス川がよく見えるが、川の途中に大型のドルフィン型の石油タンカーバースがある。タンクヤードは少し離れた高台の上にある。6万tクラスのコンテナ船が悠々と通っていたので、VLCCまではいかなくとも、パナマックス、アフラマックスクラスは着桟できるバースだと思う。そうなると川の流速はせいぜい1m/SECくらいしかないのだろうか。興味がわくところだ。以前、外航船の船長出身で神戸商船大学の客員教授もしておられるN科学の副社長の話で、海外ではSCバースより厳しいところがあるといっていたが、ここなどそれに当たるのかもしれない。

 最後に、イギリス軍が作ったという要塞であるシタデルというところにいく、ここは現在でもカナダ軍の衛兵が、衛兵交代を行ったりしており、観光向けではあるが、軍の施設である。入り口に「・・・・STOP」と書いたバーが降りていたが、K氏がそれを抜けて進んでいくので、「・・・・」の部分の意味はてっきり「車」という意味で「人」はOKなのかと勝手に解釈してついていくと、後ろから、2mくらいの身長の軍人が小銃を片手に追ってきて、看板が見えないのかとと言われ、びっくり。「見るだけだ」というとすんなりと中に入れさせてくれ、「写真は撮らないのか」とまで聞かれた。また、「これが上司にばれたら自分は首になるよ」との冗談も出できて、ほっとする。やはり観光用の軍人で、ただ公開時間が過ぎていただけのようである。

 夕食はコンサージュに聞いたおすすめの店に行く。こちらはホテルからは旧市街と反対側に1km程度行ったところにある。途中曲がり角を間違えて暗い住宅街にを抜けていったり、人に聞いたりしながらたどり着いた。見るところでは治安は良さそうで、実際店にはいると、老人婦人会の集まりのようなグループもいるなど、日本と同じような気楽さであった。店の名前は「グラフィティ」とか言って、一瞬ストリップ小屋のような名前で、Kさんが入るのに躊躇していたが、ここまで来たのだからといって私から入っていった。期待に反してというか期待通りというか、なかはふつうのレストランであったが、コンサージュおすすめだけあって、安くてうまい店であった。満足。
 ここではKさん。勘定書きにチップが入ってないにもかかわらず、チップを出そうとせず、店の娘にチップが入ってないですよと言われていた。kさんの行動は、学者らしく?少し不可解。
 また、この店でも勘定を一緒にするか別々にするかを聞かれた。この地方の特徴なのかもしれない。

posted by ミスタースージー at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 700年遅れの西方見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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