2006年04月30日

北米紀行18(最終回)

 やっと最後の日の日記を書くことができた。途中面倒くさくなって何度かやめようかとも思ったが、まがりなりにも非日常の半月間を記録にとどめることができた。自己満足ではあるが、やはりうれしいし、ホッとした

いよいよ帰国日(’03年10月19日(日))

 いよいよ帰国の日だ。絶対に寝坊は許されない。そう思うと緊張したのか夜中に何度も目が覚める。4時に目が覚めたときに起きることにした。眠い。

 5時30分にチェックアウトしタクシーで空港に向かう。昨夜フロントで5時半にタクシーに乗りたいのだが大丈夫かと聞いたら予約なしでよいとのことであったが、外には1台しか待っておらず危ないところだった。エアカナダでバンクーバーに行きたいというと、運ちゃんは、国内線のターミナルだと言う。眠たいと言うと着いたら起こしてあげるよと言われたので、甘えて居眠りをする。良くも悪くも海外にいるという緊張が薄らいできている。すくなくともタクシーの運ちゃんには今まで悪い印象はない。


 国内線の乗り場に着いたのだが、どこで出国審査があるのだろうか。トロントでのイミグレーションのいやな感じを思い出す。
 空港では簡単なセキュリティチェックのみだ。それもいままでの空港に比べずいぶんと緩やかだ。今日からはエグゼクティブクラスだということも関係しているのかもしれない。
 バンクーバーまで2時間と少し。飛行機はすいている。キャビンアテンダントは男性3名のみ。これにはびっくりした。日本ではクレームものだろう。タクシーの運ちゃんも言っていたが、新聞をみるとバンクーバーはかなりの水害の様子。そういえばテレビのお天気番組でも、ここのところ雨のラインがいともバンクーバーの上にあったが、そのせいだろう。予想通りバンクーバー上空は雲が多く、時折隙間から見える川も茶色い水が流れていた。

 結局アメリカ出国審査はどうなったのだろうと思っていると、バンクーバー空港で係りの人に出国審査の用紙を渡されて、これもエグゼクティブクラスのおかげか、わざわざエレベータで国際線のロビーまで案内してくれた。それであっけなくアメリカを出国したことになるようだ。ここはもうアメリカでもカナダでもない国外なのだ。あとは日本行きの飛行機に乗るだけだ。

 せっかくのエグゼクティブクラスなので、エアカナダのラウンジでくつろぐ。韓国産のカップラーメンをおいてあり中国人らしき人が食べている。それを見て自分も、欲しくなり食べてみたがとにかく辛い。でも周りをみると結構白人たちも食べている。
 また、ラウンジのあちこちで初対面の外人同士が挨拶をし、会社のパンフレットなどを交換している。少しだけワールドワイドのビジネス社会をみた感じだ。日本人はなかなかそのようにはいかないだろう。

 乗り遅れたくはないので、早めにラウンジをでて出発ゲートに行く。が、大阪行きの案内がない。しばらくするとゲート変更のアナウンスがあった。
 あらためて指定のゲートに行くと日本人の団体客がたくさんいる。ゲート近くの売店で、おじさんの団体が使い残したコインで買い物をしている。「まけてくれへんか」と大阪弁でまくしたてていて、店員も圧倒され、たまらずにまけていた。すると「おおマイフレンド、マイフレンド」と言っておじさん達大喜び。
 隣では、おばちゃん連中も値切るのに大はしゃぎしており、金を払ってから後で「ほんまは、いくらだったん?」とレジの女性に、これまた日本語で聞いている。自分がカナダでどれくらい値切ることができたか、その実力を確認したかったらしい。とにかくそのパワーに圧倒される。
 今は低迷を極める大阪だが、日本で21世紀を生き抜けるのは東京ではなく確実に大阪のこのパワーだろうと予感させられた。

 自分もコインがたくさん余っていたので、おみやげにトイレの洗面所の販売機で特大のコンドームを買う。帰国後これを誰かに渡したののだが、渡した相手をうっかり失念してしまい感想を聞けずじまい、残念。(たぶんダブダブだったことだろう。 私?私は、自信喪失まちがいないので、使っておりません。)

 飛行機は今まで見たことのないスラーアライアンス塗装のエアカナダ機。20分遅れで13時5分出発した。ここでもスムースでゆったりした離陸だ。行きとは異なり、機内ではアテンダントも日本語で対応してくれる。もう日本に帰った気分になる。

 食事の後ワインを飲みながら、この旅を振り返った。たかだか2週間あまりの海外ではあったが、何もかもが初体験で、いろいろと得ることも多かったと思う。このようなチャンスを与えてくれた上司と、セッティングの手伝いをしてくれたM君、途中会議をアテンドをしてくれたKさん、出張中なにかと仕事のしわ寄せをかぶってくれているだろう同僚、部下に感謝である。

 そんなことを思っている内に、機内のモニターが日付変更線を超えたことを知らせた。もう少しこの旅にひたっていたいが、頭のスイッチを日常モードに切り替えるために、腕時計の針を日本時間に戻すことにする。
 ワインの酔いもまわってきた。一眠りすることとしよう。つぎ目覚めればそこは日本。どうやら無事にこの旅も終わりをむかえることができたようだ。


posted by ミスタースージー at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 700年遅れの西方見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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